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藤原定家の父は千載和歌集を撰進した歌人藤原俊成で、定家は幼少から父に歌の指導を受けました。日記「明月記」は19歳から74歳までの56年にわたって書き続けられ、日常の雑事や心情だけでなく、世間の動向、月食や飢饉など、多岐にわたる内容がつづられており、歴史書・科学的記録としても貴重な資料です。

定家は若い頃には宮中で乱闘を起こし、除籍処分を受けたこともあり、波乱に満ちた人生を送っています。また、出世が遅かった自分を顧みて、蹴鞠(けまり)に興じてなかなか歌を作らなかった息子の為家が、歌人として歌会にも呼ばれるようになり、自分よりはるかに早く昇進する姿を驚きながらも、喜ぶ様子が明月記にも記されています。

明月記には、定家の健康状態もたびたび登場します。「はしか」「疱瘡(ほうそう)」「マラリア」「虫歯」「風邪」「腰痛」など定家も様々な病気に悩み苦しんだようです。74歳の時には「消渇(しょうかち)」、今でいう糖尿病にかかり、桃花を煎じて飲みますが、そのために激しい下痢を起こして人事不省に陥ったと記されています。いかに治療法のなかった当時とはいえ、定家の苦しみ様は大変なものでした。晩年は老いや執筆の妨げとなる「老眼」を嘆き、その姿は現代の人々と相違ないようにさえ感じます。

歌聖と呼ばれた定家の歌は、今も多くの人に王朝の美を伝えています。

 

 

定家の名を今に伝えるテイカカズラ


監修 内潟 安子 [ 創刊によせて ]
東京女子医科大学
糖尿病センター センター長

編集協力
岩﨑 直子、尾形 真規子、北野 滋彦、中神 朋子、馬場園 哲也、廣瀬 晶、福嶋 はるみ、三浦 順之助、柳澤 慶香
(東京女子医科大学糖尿病センター)
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