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セザンヌは南仏エクス=アン=プロヴァンス(エクス)で、銀行家の長男に生まれ、経済的には大変に恵まれた人でした。父親の希望であった法科大学に入学しますが、画家になる夢を捨てきれず、父を説得して画家となりました。パリに出たセザンヌですが、半年で精神的に不安定になり、故郷に戻ります。その後、またパリに戻りモネ、ルノワール、シスレーといった後の印象主義者と交流しました。しかし、人付き合いはあまり上手ではなかったようです。パリとエクスを行ったり来たりしていました。サロンに何度も絵画を出品しましたが、入選したのはたった一度、43歳の時でした。

56歳で初の個展が開かれ、セザンヌの作品を見たピサロ、ルノワール、ドガ、モネらは絶賛し、セザンヌの評価は一気に高まりました。

そんなセザンヌは50歳代で糖尿病の兆候が現れ、60歳代になると神経痛にも悩まされるようになりました。晩年、故郷に戻り、1906年、野外での制作中に雨に打たれ、肺炎をこじらせたのが原因で、その生涯を閉じました。「絵を描きながら死にたい」と願ったセザンヌの望み通りの最期でした。

セザンヌの肖像はその作品と共に、ユーロ導入前の最後の100フランス・フラン紙幣に描かれていました。

 

 

セザンヌの作品「赤いチョッキの少年」


監修 内潟 安子 [ 創刊によせて ]
東京女子医科大学
東医療センター 病院長

編集協力
岩﨑 直子、尾形 真規子、北野 滋彦、中神 朋子、馬場園 哲也、廣瀬 晶、福嶋 はるみ、三浦 順之助、柳澤 慶香
(東京女子医科大学糖尿病センター)
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