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源頼朝は清和源氏の嫡流、源義朝の三男です。生母が兄2人の母より身分が高かったため、義朝の後継者となりました。

父・義朝が1159年に平治の乱で敗れると、伊豆国へ流され、11年の流人生活を送りました。その後、平氏打倒の兵を挙げ、鎌倉を本拠として関東を制圧しました。力を強めていった頼朝は、壇ノ浦で平家を、奥州合戦で奥州藤原氏を滅ぼし、全国を平定していきます。そして、1192年(建久3年)後鳥羽天皇より、征夷大将軍に任じられました。

公家であった近衛家実の日記「猪隈関白記」には、『前右大将頼朝卿、飲水に依り重病』とあり、一説によると頼朝は糖尿病だったと考えられています。また、鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」には、頼朝が歯の病に苦しんだという記載があります。歯の病の記述は数回におよび、京から薬が届けられたり、薬師堂に祈願をしたりしています。そのため、歯の病、虫歯や歯周病があった可能性も指摘されています。

頼朝の病は明らかではありませんが、幕府設立に至る権力闘争、岳父の北条時政や妻政子との緊張関係など、絶え間ないストレスは、武士の頭領の体を蝕んだのかもしれません。落馬後に亡くなった頼朝の死は、今もなお謎を残したままです。

 

 

神奈川県 源氏山公園の頼朝像


監修 内潟 安子 [ 創刊によせて ]
東京女子医科大学
東医療センター 病院長

編集協力
岩﨑 直子、尾形 真規子、北野 滋彦、中神 朋子、馬場園 哲也、廣瀬 晶、福嶋 はるみ、三浦 順之助、柳澤 慶香
(東京女子医科大学糖尿病センター)
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