糖尿病について徹底解説。血糖値・HbA1cから
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平山 瑞穂さん 【前編】

「私の糖尿病生活」第一回目は、作家として活躍されている、緩徐進行1型糖尿病の平山 瑞穂さんをご紹介します。
平山さんは、『シュガーな俺』でご自身の糖尿病体験を紹介されております。「私の糖尿病生活」では、2回に分けまして平山さんに糖尿病の発症当時と現在の様子についてお話を伺っていきます。

糖尿病が発覚した時の様子を教えてください

 診断結果を聞いた瞬間は、「まさか自分が」と耳を疑いました。糖尿病は「高年齢層の太った人」がかかる病気で、当時34歳、どちらかと言えば痩せ型だった自分には縁のないものだと思い込んでいたからです。
  まるで人生に終止符を突きつけられたかのような衝撃を受けましたが、即座に市販書を買って勉強し、厳密な食事療法などに励みました。あえて自分に鞭打って 茨の道を突き進むことで、ショックを麻痺させようとしていた面もあったと思います。実際、最初の頃はなにもかもがたいへんで落ち込んでいる暇さえなく、慣 れる頃には自然に運命を受け入れていたと思います。
 「糖尿病になった」と周囲に告白するのは抵抗がありましたが、友人の多くは飲食を共にする 「飲み友だち」でもあっただけに、話さないわけにはいきませんでした。入院も必要だったので職場でも打ち明けましたが、なにか不面目な感じがしていたたま れなかったことを覚えています。ただ妻が、それまでの僕の食生活を咎めるようなことはいっさい口にせず、無条件に同情し、一緒に頑張ろうと言ってくれたこ とだけが救いでした。
 

糖尿病になって工夫したことや生活で変わったことはありますか?

 食事療法に関しては、はっきり言って「鬼」でした。仕事を持っていて多忙な妻にはそうそう頼れなかったので、基本的には全部自力でこなすつもりで、カロリー計算と料理を同時にマスターしていきました。
 症状を改善したい一心で、指示カロリーの総量だけでなく、食材ごとのバランスなどについても、教本に可能なかぎり忠実に実行しようと躍起になっていたと思います。運動のための時間は工面しづらかったので、せめて食事だけでも完璧なものに、という意気込みでした。
  そのうち、必ずしも全食材について逐一カロリー計算をしなくても問題がないことに気づきました。ごはんやパンの量、乳製品をいつ摂るか、などパターン化で きるところはパターン化して、とにかく意識的に野菜を多く摂り、油脂を控えるよう心がけているかぎり、キーポイントになるのはもっぱら表3つまりタンパク 質の量です。その考えに基づいて自ら考案した食材買い出し用メモのフォームはおおいに役立ちましたし、いつしかトリモモ肉60g(=1単位)を寸分の狂い もなく包丁で切り出せる職人並みのスキルまで身につけていました。
 熱心にやるほどささいな逸脱も許せなくなっていくものですが、忙しい暮らしの中で常に理想的な食事療法を貫徹しようとすれば、どうしても無理がかかります。
 共働きのわが家は家事も夫婦で分担制、その上に食事療法をめぐる負担が上乗せされたわけですから、常になにかに追われている状態になります。あまりのしんどさに、へたり込んで泣きべそをかいてしまったことさえあります。
  そんな僕を見かねて、妻はよく、「ときには手を抜いてもいいんじゃない?」とたしなめてくれました。彼女はもともと野菜たっぷりの料理が好きで、「食品交 換表」など見なくても十分にバランスのいい食事を用意できる人なのです。可能なときに彼女が作ってくれるそういう食事を見ながら、「むやみに数字にこだわ らず、この"感覚"を身につければいいのだな」と学び、それからは無理をしなくなりました。
 そうして当時体で覚えた「適正な量とバランス」の感覚は今でも有効で、自炊でも外食でも、食事の際に意識しないことはありません。結果として守るかどうかは別問題ですが、ときにはガス抜きも必要ですので(笑)。
 

インスリン治療をどのように克服しましたか?

 自分が発症するまでは、「注射」と聞いただけで、ただ怖いとか忌まわしいといったイメージしか抱けずにいました。だから自分にもそれが必要と知ったとき はショックでしたが、食事療法や経口薬に加えて「疲弊した膵臓を休めるためにインスリンの併用も効果的」なのだという先生の説明が明瞭で納得できたし、針 が細くて痛くないなど意外にハードルが低いこともわかったので、思ったほどは抵抗を感じませんでした。
 あらぬ誤解を受けそうなので、人前で打つのはいまだに憚られますが、打つ場所は腕ではなく下腹部ですし、同席しているのが事情を知っている友人知人なら、むしろ目の前で実演してみせたりすることさえあります。
  僕の場合、最終的には「1型糖尿病」という診断になったため、今後も基本的には生涯、インスリン投与が必要です。低血糖の恐れもあるし、1日に何度も注射 しなければならないのはたしかに煩わしいですが、乱暴な言い方をすれば、「打ちさえすれば確実に血糖値が下がる」というのは大きな利点ではないでしょう か。
 

低血糖についてどのように対処していらっしゃいますか?

 低血糖初体験は入院中のことでした。いくつかの偶然が重なって、インスリンを打ってから食事をするまでのタイムラグが想定より大きくなってしまったこと が原因だったのですが、急激に意識がぼんやりして、体の中が空洞になってしまったかのように感じたあの感覚、「このままでいたら死ぬ」と直感したあの恐怖 はいまだに忘れられません。
 今は、そういう激しいものならちょっとでも兆候があればたいていは自分でわかるので、その時点でためらわずなにかし ら口にするようにしています。家にいるときはビスケットでも2、3枚かじれば十分ですし、外出するときはブドウ糖錠剤を必ず携行しています。万が一忘れた ときは、自動販売機で甘いドリンクなどを買って飲んでいますが、最近はカロリーオフの商品ばかりなので、それがアダになって慌てることもあります。
 困るのは、時ならぬタイミングで訪れる緩やかな低血糖です。急激なものではないので、自分でもしばらく気づかずにいるのです。なんだかかったるい、何もする気になれない、というやつです。それをいかに見破るかが今後の課題ですね。
 

糖尿病と診断されたばかりの方へのメッセージをお願いします

 僕は正確には「緩徐進行1型糖尿病」、つまり、最初の数年は2型糖尿病様の症状を呈し、後から急激にインスリン依存状態に陥ったというタイプです。当初の診断は「2型糖尿病」だったので、そのように診断された方々の気持ちもわかるつもりです。
  まず、「不摂生な中高年」のイメージが透けて見えるからか、診断を受けるとどこか不面目に感じてしまうのがこの病気の特徴だと思います。でも実際には、遺 伝的要素や体質にも大きく左右される病気ですし、現代人の一般的な食生活のあり方を考えれば、発症してもやむをえないと思える面もあるのです。それを必要 以上に恥じるのはばかげたことですし、なってしまったものはしかたがありません。
 足の切断、失明、人工透析といった悲惨な合併症のイメージもあ るでしょうが、それは高血糖状態のまま長期間放置して相当悪くなった場合に初めて陥る事態であり、その前にしかるべくコントロールすれば必ず避けられるこ とだと思います。悲観して投げやりにならず、「残りの人生を楽しむために日々少しだけ努力をする」という思いで、どうか前向きに治療に臨んでください。
 

平山 瑞穂さん プロフィール

1968(昭和43)年、東京生れ。立教大学社会学部卒業。
2004(平成16)年、『ラス・マンチャス通信』で「日本ファンタジーノベル大賞」の大賞を受賞し、デビュー。34才の時に糖尿病を宣告され、その体験に基づいて書いた小説が『シュガーな俺』。
著作はその他に、『忘れないと誓ったぼくがいた』『冥王星パーティ』『プロトコル』『桃の向こう』『全世界のデボラ』『マザー』など。

『シュガーな俺』

異常な喉の渇き、原因不明の激ヤセ、全身の倦怠感。著者自身が糖尿病治療のため、入院した経験にもとづいて執筆した世界初の糖尿病小説。

[単行本] [文庫]
出版社: 世界文化社 出版社: 新潮社
価格: ¥ 1,470 価格: ¥ 540

 

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