糖尿病について徹底解説。血糖値・HbA1cから
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Jリーガー 杉山 新さん 【前編】

「私の糖尿病生活」第5回目はJリーガーの杉山新さんをご紹介します。抜群の運動量と瞬発力を武器とし、「甲府の黒豹」と呼ばれた杉山選手は、23 歳の時に1型糖尿病を発症しました。しかし、糖尿病をコントロールしながらJリーガーとして活躍を続け、2010年から2011年までは大宮アルディー ジャ、2012年からは横浜FCに所属。鮮やかなプレーは、「糖尿病だからといって、夢をあきらめることはない」という杉山選手のメッセージです。

(インタビューは2011年10月に行いました。)

最初は風邪だと思っていました

発症したのは2003年11月で、大宮の前のヴァンフォーレ甲府に所属していた時のことでした。移籍してまだ1年目、ちょうど左足の小指を骨折して練習を 休んで安静にしていた時でした。食欲は普通にあったのですが、とにかくのどが渇いて、渇いて…。1日3~4リットルくらいの水を飲んでいました。当然、ト イレの回数も増えますよね。体がだるくてたまらないので、これは風邪の症状かなぁと思い、病院を回りました。でも原因がよくわかりません。ちょっと変だと は思っても、それが糖尿病の症状だなんて全然気がつきませんでした。仕方ないので、とりあえず近くの病院で点滴を打ってもらって家に帰るのですが、どうに も体調が戻りませんでした。ところが3つめの病院で尿検査と血液検査をしたところ、血糖値とHbA1c値が異常に高かったので、そのまま緊急入院すること になりました。その時はもう頭がぼーっとして、意識がもうろうとしたひどい状態でした。そこでようやく糖尿病と診断されました。
 

病気で戦力外通告、テストを受けて再契約

病気になっても僕はプロ生活を続けるつもりでしたし、自分の中では「やれる!」という強い気持ちがありました。しかしチームにとっては、糖尿病の選手とい うのは初めての経験です。社長や監督も主治医の意見を聞いて考えていたようです。その結果、戦力外通告を受けてしまいました。しかし、「契約は切るけれど 2カ月は練習生として様子を見よう」と、復帰のチャンスを与えられたのです。それは僕も強く望むところでした。当時、病気になったことより、「糖尿病でも 十分やれる」という僕の気持ちをわかってくれないことの方が悔しかったので、サッカー選手としてやれることを証明したいと思いました。サッカーに限らず、 病気を理由にやりたいことにストップをかけるのは違いますよね。このような経緯で2ヶ月間の猶予をもらったので、これに賭けようと思いました。最初は軽く 走り、血糖値がどのくらい下がるか測定しながら様子を見ました。その繰り返しの中で、自分の感触をつかんでいきました。練習メニューはみんなと同じものを こなしました。体と相談しながら数値の検証を繰り返し、自分の体を理解して納得できたことは、とても大きかったと思います。「心配ない」ということを監督 やチームドクターに実際の数字で見せた後、再契約でさらにもう1年と言われた時は本当にうれしかったですね。
 

糖尿病と診断されたばかりの方へ

今振り返ってみても、診断を聞いた時は比較的冷静だったと思います。「ああ、そういう病気だったんだな」とわかって、疑問に思っていたことの答えが 一つ出たという感じでしょうか。その時は2週間入院し、食事やインスリン注射の方法などの指導を先生から受けました。正直、糖尿病についての知識はまるで なかったので、1型、2型という違いがあることも初めて知りました。糖尿病についての理解を深めることで、病気になった「重み」を徐々に感じるようになり ました。でも気持ちの整理をつけるのに、それほど時間はかかりませんでした。糖尿病だからといって、サッカーができなくなるなんて、まったく考えもしな かったからです。なぜ?と聞かれてもうまく言えませんが、サッカー抜きの人生なんて考えたこともなかったからでしょうね。入院中、看護師さんが「こんな人 もいますよ」と持ってきてくれたのが、同じ病気になったガリクソン選手*の本でした。「同じスポーツ選手でこういう人もいて、ちゃ んとやれてるんだな」と、自分も頑張ろうとポジティブな気持ちになれました。一生付き合っていく病気だと聞かされたら誰しも落ち込むと思いますし、今後を 考えて不安になると思いますが、人生の目的をはっきり持っていたら自然と気持ちの整理がついていくものだと思います。

*ビル ガリクソン選手: 1型糖尿病の元プロ野球選手。選手生活の大半をメジャーリーガーとして過ごすが、1989年から2年間、読売ジャイアンツの投手として活躍した。1998年に日本糖尿病協会が制定した「ガリクソン賞」は、ガリクソン選手の名に因むものである。
 

杉山 新 選手 プロフィール

柏レイソルユースから1999年に柏レイソルへ昇格。2003年、ヴァンフォーレ甲府へ移籍後の23歳の時に1型糖尿病を発症。1度は戦力外通告を受けた が練習生として復帰し、その後もチームの一員としてプレーを続ける。2010年から2011年まで大宮アルディージャに所属。2012年からは横浜FCに 完全移籍。今後の活躍が期待される。



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