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Jリーガー 杉山 新さん 【後編】

「私の糖尿病生活」第5回目はJリーガーの杉山新さんをご紹介します。抜群の運動量と瞬発力を武器とし、「甲府の黒豹」と呼ばれた杉山選手は、23 歳の時に1型糖尿病を発症しました。しかし、糖尿病をコントロールしながらJリーガーとして活躍を続け、2010年から2011年までは大宮アルディー ジャ、2012年からは横浜FCに所属。鮮やかなプレーは、「糖尿病だからといって、夢をあきらめることはない」という杉山選手のメッセージです。

(インタビューは2011年10月に行いました。)

食事に気をつけて生活習慣を改善

私にとっての糖尿病治療は食事と運動とインスリン注射の3つです。主治医からサッカー選手のうちは運動量は十分だから、食事に関しては特に気にしなくてい いと言われていますのでチームメイトと同じものをとっています。食べるものはだいたい決まっていて、消化の良いうどんなど炭水化物が多いです。おにぎり、 パスタ、サンドイッチなどもよく食べますし、塩で味付けした鶏肉も好きですね。食事時間を決めて規則正しい生活リズムを心がけています。困るのは試合時間 の関係で、試合前の午後3時過ぎに食事を1回とることです。普通に食べると、朝、昼、3時過ぎ、夜と1日4食になってしまいます。そうすると体がもたない ので、朝食は抜き、昼前の食事をその日の最初の食事というように意識的にずらしています。ただ夏はナイターの試合が多いので、食べる時間がどうしても遅れ てしまいます。その点に注意して食事が乱れないようにしています。最初は気にしていましたが、今ではすっかり自分の生活の一部になりました。
 

最初は抵抗があったインスリン注射

注射は毎食前にお腹か太ももに打っています。半ズボンをはいているときはたいてい太ももですね。最初は人前で注射を打つのに抵抗がありました。糖尿病の一 般的なイメージがありますから、23歳の若さで糖尿病になったということを周囲に知られたくなくて、正直、恥ずかしいという思いがありました。また、前の チームでは、みんなが病気のことを知っていましたが、移籍した大宮では知らない人もいましたから、インスリン注射を打つ姿は、いかにも「僕は糖尿病です」 と言っているようでためらいがあったのです。でも僕はみんなに心配されたり気を使われたりするのは嫌で、普通に接してくれるのが何よりだと思っています。 だから甲府でも大宮でも、みんなが一プレイヤー、チームメイトとして、遠慮なく接してくれたのでとてもうれしかったですね。今では注射を打つのもすっかり 慣れました。食事の前に普通の人よりひと手間多い習慣がある、あとは病気じゃなかったら荷物(インスリン注射のセット)が少ないのになぁ、と思う程度です ね。それに遠征のときはホテルの部屋で打ちますから、意外と人前で打つことは少ないんですよ。
 

治療をがんばっている方へ

僕は病気になって、自分がやっぱりサッカーが大好きということを再確認しました。甲府で再契約してもらってチャンスが与えられた時、とりあえず1年は頑張 ろうと思いました。ところが1年過ぎると、さらにもう1年やりたいと欲が出てきます。もう1年、もう1年…と、ずっと試合に出続けたい、サッカーをやり続 けたいと考えてここまで来ることができた感じです。むしろ病気になってからのほうが、かえって成績が伸びました。病気のパワーと言ったら大げさかもしれま せんが、糖尿病にならなかったら、今の僕はなかったと思います。それに病気のおかげでお酒もやめられ、夜出歩くこともなくなり、いたって健康的な生活を取 り戻しましたし(笑)。
1歳になる息子の記憶に、ピッチで走る僕の姿が残るまではプレーしたいと思っています。糖尿病と診断されたからといって、 我慢ばかりのストイックな生活を送ることはないし、夢や希望をあきらめる必要もありません。正しい食事と運動、注射でコントロールし、かえって生きがいを 持った生活を送ることができると僕は思っています。
 

杉山 新 選手 プロフィール

柏レイソルユースから1999年に柏レイソルへ昇格。2003年、ヴァンフォーレ甲府へ移籍後の23歳の時に1型糖尿病を発症。1度は戦力外通告を受けた が練習生として復帰し、その後もチームの一員としてプレーを続ける。2010年から2011年まで大宮アルディージャに所属。2012年からは横浜FCに 完全移籍。今後の活躍が期待される。


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