Go to the page content
3 min. read

インスリンの100年

インスリン製剤の誕生とその進化

第2回

インスリンの発見が知られると糖尿病で苦しむ人々は皆、インスリンを懇願しました。しかし、必要とする人の全員に十分な量のインスリンを安全に届けるためには様々な工夫が必要でした。今日に至るまで、どのようなインスリン製剤の進化があったのか、どのような苦労があったのか、ひも解いてみましょう。

動物や魚のインスリンの時代

初期のインスリン製剤は家畜の膵臓から抽出していました。1922年 (大正11年) 当時のインスリン製剤製造のためには、山のようなブタの膵臓から、たったボトル1本分のインスリンしか抽出できませんでした。1923年 (大正12年) にインスリンの製剤化が成功し、発売されます。日本でも輸入され使われ始めました。当時の価格は100単位8円。教員の初任給が50円程度であったことを考えると、極めて高価な薬でした※。しかし、初期のインスリン製剤は不純物が多く、注射部位が赤く腫れたり、皮膚がやけどのようになる副作用もありました。そこで不純物の少ないインスリン製剤が開発されました。皮肉なことに、純度が上がると今度は作用時間が短くなりました。そこで魚から抽出したたん白質(プロタミン)をインスリンに加えると、皮下からの吸収が遅れ、作用時間が長くなることが発見されました。様々な工夫がされましたが、根本的な問題として、動物のインスリンを使用している点には変わりがなく、そのため需要に生産が追いつかないだけでなく、アレルギー反応を起こすことなどもありました。そして、次第にヒトのインスリンを望む声が高まっていきました。

※日本では元々畜産が少なかったことと戦争のため、1968年 (昭和43年) までマグロなどの魚やクジラからインスリンを抽出し使用していました。

機械 初期のインスリン製造に用いられた機械
初期のインスリン製剤 初期のインスリン製剤 (インスリンレオ)
インスリンを製造 山積みの冷凍された動物の膵臓からインスリンを製造(1958年 (昭和33年) )

ヒトインスリンへ

ヒトのインスリンと同じ構造の製剤の開発には、当時の最新技術が数多く導入されました。
まずはインスリン自体を良く理解する研究が進みます。インスリンを構成するアミノ酸とその配列、そして立体構造が解明されました。そしてヒトのインスリンを化学的に作り出す(合成)研究が盛んになりました。しかし、1960年代の合成法ではインスリンの収量は2%程度と非常に少なく、多くの合成過程が必要で費用が膨大になり、実用化には至りませんでした。
次に考えられたのはブタのインスリンを改造してヒトのインスリンを作る研究です。1982年に世界初のブタのインスリンからヒトのインスリン製剤が発売されました。しかし、この方法でひとりの糖尿病のある方が1年間に使用するインスリンを賄うには、約70頭のブタが必要で、将来のインスリン不足が危惧されました。
ちょうどこの頃、ヒトインスリン遺伝子のクローニングに成功したというニュースが飛び込みます。遺伝子工学や組換え技術の進歩により、遺伝子組換えヒトインスリン製剤が登場したのは1980年代です。

Ⓒ Getty Images
フレデリック・サンガ―
インスリンの構造決定(1958年)、
DNAの分子配列の決定(1980年)の2回ノーベル化学賞を受賞

インスリンアナログ製剤の時代

遺伝子組換え技術を用いたヒトインスリン製剤が登場すると、ほとんどのインスリン製剤がヒトインスリン製剤に変わりました。そしてまた、新たな課題への挑戦が始まりました。その頃のインスリン製剤は、糖尿病でない人と同じようなインスリン分泌、つまり生理的なインスリン分泌を再現することは難しく、これを実現できる製剤が望まれたのです。1990年代以降、様々な作用時間の異なる製剤が開発されました。超速効型、速効型、混合型、中間型、持効型溶解、そして配合溶解インスリ製剤が登場します。生理的な追加インスリンの再現に優れた製剤の登場で、食後血糖の制御が可能になりました。また、生理的な基礎インスリンを再現できる製剤、安定して長い持続時間を持つインスリンアナログ製剤の開発が続いています。

参考図書
丸山工作著 新インスリン物語 東京化学同人 1992
堀田 饒訳 インスリンの発見 朝日新聞社 1993
ノーベル賞人名辞典編集委員会編 ノーベル賞受賞者業績事典 新訂版 日外アソシエーツ 2003

監修 [ごあいさつ]
東京女子医科大学内科学講座糖尿病・代謝内科学
教授・基幹分野長
馬場園哲也

編集協力
大屋純子、小林浩子、中神朋子、花井豪、三浦順之助
アイウエオ順

 

JP23DI00227